2016年08月31日

シンドラーエレベータ事件について思う

消費者安全調査委員会が最終報告書を公表したと報道されている。
とくに、扉が閉まっていないとエレベータが動かないようにする機構が不十分と指摘しているという。
そして、既存のエレベータではそれが出来ていない場合が多いとも言われている。
この問題は、電車の扉も同じ問題を抱えていて、ベビーカーを挟んだまま地下鉄が発車してしまった事件が最近起こった事は記憶に新しい。
電車の場合はそういう安全機構が備わっていたのだが、細いパイプまで検知できるかで問題となってしまった。
このように輸送機器の保安装置については厳しい批判にさらされるのが常である。
ところが、これが自動車を対象としたらどうであろうか。
扉が開いていようが、半ドアであろうがどんどん動かせてしまう。
扉を開けて身を乗り出して後方を見ながら運転している姿をよく見かけるほどである。
このように、自動車は他の輸送機器に比べて極めて危険なのだ。
たとえば、走行中にドアがロックする機構が付いたのも最近に属することである。
エレベータでこれだけ問題になることが、クルマでは問題とされない。
古くは、ヘッドレストがないためにむち打ち症が激増。慌ててヘッドレストを付けるようにしたり、後に衝突時に身を守るためにシートベルトが義務化されたりしたが、それらも多数の犠牲者がでてからである。
まして歩行者保護などはつい最近の対策で、いまだに力を入れているメーカーとそうでないメーカーがある。
クルマメーカーの安全に対する姿勢には納得が出来ないことが多い。
我々はクルマは別格だと思ってはならないのだ。クルマこそ保安に力を入れるべきだと思うし、マスコミもクルマはこれだけ死者を出している輸送機器であるということを国民に知らしめるべきだと思う。


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2016年08月30日

萩原流行さん死亡事故、護送車運転の警官に罰金

萩原流行さん死亡事故、護送車運転の警官に罰金

産経新聞より

 東京都杉並区で昨年4月、俳優の萩原流行さん=当時(62)=がバイクで転倒して死亡した事故で、東京簡裁は29日までに、警視庁の護送車が転倒の原因になったとして、自動車運転処罰法違反(過失致死)罪で、運転していた高井戸署の袖崎賢訓警部補(57)に、罰金70万円の略式命令を出した。23日付。
 起訴状では、昨年4月22日午後6時5分ごろ、十分に安全確認せずに車線変更し、後ろから走ってきた萩原さんのバイクを転倒させ、後続車に巻き込まれた萩原さんを死亡させたとしている。
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この車線変更という行為がくせ者だ。
この事件は、もともと駐車車両を避けようとしたことが原因なのである。
たぶん違法駐車だと思われるが、駐車さえしていなかったら起きなかった事件なのは間違いない。
これもクルマシステムの欠陥のひとつなのだが、走行車線上に駐車車両があるということがまず危険のもと。
これは何も駐車でなく,タクシーの停車でも同じである。
つまり、60キロで走っている車線上に速度0キロのクルマがいることが危ないのである。
そうすると、停まっているクルマを見つけたドライバーはその後ろに止まってそのクルマが動くまで待つか、
やむなく車線を変更せざるを得ない。
ところが、難しいのは隣の車線にも60キロで走っているクルマが連続していると云うことである。
上手く隙間を見つけないと車線変更は出来ないのだ。クルマが並走していることもある。仕方なく、そこで、ブレーキを踏んでしまうと速度が落ちてしまう。
その後ろに、隙間があったといって車線を変更するには,急加速が必要だ。でないと、変更後、後続車に追突される。まさに際どい行為なのである。そしてタイミングが悪いと後続車に警笛を鳴らされる。
更に危険なのは,その進行方向に赤信号がある場合だ。そうなると、車線変更した途端に急ブレーキになりかねない。このような綱渡りなのである。
まして、それを小さなミラーの像を頼りに判断しなくてはならない。
車線変更はストレスの掛かる行為なのだ。それが、クルマシステムでは間断なく行われている。
事故が起きないのが不思議なのである。
今回の事件は車線変更したときの判断ミスとされたが、もとはといえば駐車車両が問題。
その当事者はまんまと逃げおおせたに違いない。
心が痛まないのであろうか。間接的な人殺しをしたことに。
でも、本質的にはクルマシステムの欠陥であると強く言っておきたい。





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2016年08月29日

郊外と都市の道路交通の違い(3)

今までは郊外のクルマ依存について述べてきた。今回は都市の問題について述べたい。
都市部でクルマに乗るのは基本的に罪悪である。
郊外のところで少し触れたが、交通が集中すれば渋滞、駐車問題が必ず発生する。
都市の場合、元々人口集中地域なのだから住民の誰もがクルマを使用すれば大変なことになる事は明白なのだ。それを、回避しようとしたら途方も無く広い道路や、あらゆる場所に駐車場が必要となる。
これが、モータリゼーションの始まった初期の段階で明らかだったことである。
だが、この国では,殆どクルマ社会のためのインフラの下地はなかった。
これは、郊外においても都市部においても同様である。
ただ、より始末の悪いのは,都市部の方だ。
道路の拡幅には立て込んでいる家屋が邪魔になる。そこには人が住んでいるのだ。
そのため、必ず立ち退き問題が発生した。旧来の町並みがどんどん破壊されていってしまった。
無味乾燥なだだっ広い道路があちらこちらに出現した。
それでも、解決にならない。基本的に都市の開発に制限が課せられていないからである。
ある地域が急に発展する。そこに交通が集中する。慢性の渋滞が発生する。インフラとして手の打ちようがない。時間を掛けて道路インフラを整備する。その間の経済的な損失は計り知れない。
ところが、そんな無計画な破壊と建設を支持し、生業とする人々も沢山いるのだ。
そんないたちごっこで、60年経ってしまった。
これが都市部の道路交通の特徴である。




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これも交通災害だ

<7児童けが事故>運転の63歳容疑者を逮捕 兵庫・加古川
毎日新聞 8月28日(日)より

 兵庫県加古川市で27日朝、軽乗用車がタクシーと衝突し、弾みでタクシーが小学生の列に突っ込んだ事故で、県警加古川署は同日、同市西神吉町大国、パート従業員、浅野美津子容疑者(63)を自動車運転処罰法違反(過失運転致傷)容疑で逮捕した。
 逮捕容疑は同日午前7時45分ごろ、同市西神吉町中西の県道交差点に赤信号で進入してタクシーと衝突、このタクシーにはねられた小学生7人に手足を打撲するなどのけがをさせたとしている。
 「小学生が横断歩道を渡り終えたのを見て、信号が青に変わったと勘違いしてしまった」と容疑を認めているという。
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この児童達に何の落ち度もない。
正に災害そのものである。
怪我をさせられただけ損をした。傷跡が一生残るかも知れない。
それを事故という言い方でクルマシステムそのものの欠陥を覆い隠そうとしているのだ。
運転者個人の責任にしてしまいたいのだ。
本来、この学童達への補償はシステム欠陥を放置している行政とメーカーがするべきなのだ。
そういう発想になるためにも、マスコミも被害者目線の報道の仕方を考えて欲しい。
例えば見出し。
<交通災害7児童けが>運転の63歳容疑者を逮捕
このように変えて貰いたい。


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2016年08月24日

郊外と都市の道路交通の違い(2)

昨日は、郊外の住民もクルマに乗って行動することで、都市の問題に巻き込まれることを書いた。
この一点集中の問題は、クルマ利用の利便性を一気に損なうものである。
クルマ利用が便利なのは大前提として交通の集中が起きないことである。クルマの集中が起きると渋滞、駐車場所の不足が顕在化してくる。幾ら土地があっても一箇所に集中したら堪ったモノではない。
それ故,大型のショッピングセンター、レジャー施設には大規模駐車場が付きものになっている。
それでも、そこに入るために1時間待ちなどという馬鹿げた無駄が生じてしまう。
そして降りてからも10分歩いてやっと建物に入れるという不便を凌がなければならない。
渋滞も同じである。目と鼻の先に見えるところに行きたいのだが、それが10分もかかってしまう。歩行者がとっくに目的地に着いてしまうという呆れたことが起こってしまうのだ。
つまり、クルマの有効活用が図れるのは、クルマが少ないことに尽きる。
郊外で移動するのに重宝がられる理由はそこにあるのだ。
クルマが多くなれば一遍にその魅力は薄れてしまうのだ。
ところで、その郊外でクルマの走る道路の状況はどうであろうか。
未だに狭い道路が多いのが実情だ。
郊外の道路は,元々歩行者だけが利用していたものが多く、クルマの走行を意図していなかった。
だから、歩行者が今でもそこを通らなければならないことが多い。大抵住宅も道路に接している。
山間の集落などはそれが顕著である。
ところがそこへ、クルマが走り込んでくる。
また具合の悪いことに、クルマの少ない場所である。道路は狭いがスピードは出せる。
都市部と違って信号、横断歩道が整っていない。いや、路側帯も明確でないところも多い。
クルマが少ないから歩行者は余りクルマのことを意識しない。
これが、人身事故の原因となる。
一方で、郊外は幹線道路に苦しめられているところも多い。
周辺の住民のクルマは少ないのに通過交通ばかりやたらに多いのである。
この幹線道路を横断する高齢者が危険にさらされることが多い。
何しろ、道路がなければ目と鼻の先に見えるところに行けるのに、大回りさせられることも多いからである。
幹線道路は郊外の住民もクルマで使っているので、悩ましい存在である。



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