2017年05月10日

ゴールデンウィーク渋滞に想う−3

前回説明したように渋滞の発生は速度と車間隔の関係である。例えば1000台/時間のペースで順調に走っていたとしよう。その時、何かの理由で速度を落とす人が出てくると、車間を詰めない限り1000台/時間のペースは保てないのである。だから後方は自然発生的に間隔を詰めざるを得なくなってしまう。間隔を詰めるとそれが後方に伝搬する。そうすると見た目にも速度が落ちて混雑が発生する。渋滞の予感である。その中でうっかりものの人間が居て間隔を詰めすぎてしまうとする。慌ててブレーキを踏む。そうするともっとスピードが落ちる。スピードが落ちればそれが後方に伝搬する。後ろが1000台/時間のペースで続いているのでさらに間隔が詰まる。そうなるとまた速度を落としすぎてしまう人間が出る。また間隔が詰まる。かなりぎっしりという流れになる。こういうことが何回か続くといつか前車との追突が怖くなって。ある間隔以下には詰められなくなる。多分、最終的には5m位が限界だろうか。この時1000台/時間のペースをキープしようとすると速度は5キロになって見事に渋滞が発生してしまう。
このことは、現象として分かってきていて、トンネルに入る前に速度を落とすなとか、上り坂ではアクセルを踏めとか標識が立てられている。
つまりは、この現象は安全車間と速度の関係から導き出される帰結なのである。
ところで見方を変えて、2本の道路から1000台/時間のペースでクルマが来ていて、1000台/時間のキャパシティの1本に合流する事を考えてみると、各々500台/時間の積み残しが出る。計算上これは渋滞とならざるを得ない。合流点の渋滞である。
渋滞にならない条件は、合流するどちらの道路もキャパシティの半分以下の交通量である事。
ゴールデンウィークではとても無理な話だ。
こんな事が分かっていて毎日渋滞が発生しているところがある。
それが首都高の合流点である。
それなのに道路計画者はそれで良いと押し通してしまった。
どう見てもおかしいと思いませんか。
こんなところにもおかしな考えが常識となってクルマ社会を作っているのである。





posted by トロント at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(雑感) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする