2014年10月17日

クルマ社会の功罪その16

子供の頃から見ると、自家用トラックの利用がやたら多くなったように思います。そして高所作業車のような特殊用途のトラックも目立ちます。トラックが我が国の産業、経済の発展に寄与してきたことは認めますが、余りにも経済発展優先という錦の御旗の下、自由勝手にさせすぎました。前回の東京オリンピックの頃はダンプの死傷事故が多く大問題となりました。それで免許取得年齢を引き上げました。標識、ガードレイルなどを平気で壊していくのもトラックの仕業です。狭い道でも平気で入ってきます。抜け道も良く知っています。つまりトラックの走り方は、むかしの「そこのけ、そこのけ、お馬が通る。」という形そのままなのです。一部の大手運送会社は法を守り、礼儀正しく運転していますが、トラックは傍若無人という一般的な印象は否めないと思います。
ブログ子の感ずるところ、トラックも必要以上に大きい物が走っていると思います。2トン車なんかでなくて軽トラックで充分だと思う業種もあります。トラックは基本的に道交法上その駐車がお目こぼしされています。だからどこにでも駐車して迷惑をかけています。それ故、小さいほどよいという国民の共通認識が必要だと思います。

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2014年10月15日

クルマ社会の功罪その15

昨日の話で一番分かり易い例が引っ越しのときです。この場合はトラック1台借り上げることになるわけですが、昔だと駅までしか運べず、そこから鉄道で運びました。またついた先でもトラックに積かえという手間暇が掛かりました。おまけにいつ着くか分からないのです。今は、トラックに積んだらそのまま目的地まで行ってしまうと思います。到着時間もほぼ分かります。ここが鉄道の一番弱いところです。このように運送用トラックの使い方にも積み合わせにする時と、借り切る場合があります。また特定の荷物を運ぶためのトラックもあります。それから忘れてならないのが自家用のトラックです。中小事業者が大抵は所持しています。
我が国は徹底してトラックによる貨物輸送を支援してきました。その結果いろいろな歪みが出てきたと思うのです。とにかくどんなところへでもトラックは入ってきます。道が狭かろうが、歩行者が多かろうが気にしません。さらにその騒音、振動、排気ガスは近隣の大迷惑です。クルマ公害と言われている事象の殆どの原因がトラックでしょう。産業、生活に密着しているので、むげにその走行を拒否できないため、随所で問題を起こしています。
旧街道筋の脇に昔からお住まいの方は、本当に大変な迷惑を被っておられると思います。家屋は道路に密接して建てられていることが多いです。排気ガス騒音で窓は開けられず、振動で木造家屋は緩んでしまいます。これなんかクルマ社会の罪の代表的な例です。住みにくければ転居すれば良いとはクルマの方の傲慢な論理です。何しろ昔はそんなにクルマは通らなかったのですから。クルマの方が勝手に増えたのです。ブログ子はこういうところも我が国がクルマ社会に向いていないと主張したいところです。


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2014年10月14日

クルマ社会の功罪その14

今日は貨物の話題で行きます。
鉄道、航空、船舶どれを取ってもアキレス腱は荷物の積み替えです。船便の場合は輸送時間が長いことで積み替え時間は相対的に少なく感じられます。航空便の場合は本当は積み替え時間を少なくしたいのでしょうが、構造上やむをえません。しかし輸送時間は極端に少ないため、我慢できます。
鉄道は一番厳しい競争に曝されました。もともと鉄道は液体、ばら積み貨物に強く、今でも石油輸送は大きな収入源だと思います。全盛期は積み込みも、荷卸も顧客の構内引き込み線で効率よくやっていました。石炭はその中でも大きな部分を占めていたと思います。その石炭が衰退したのが痛かった。石灰岩も砕石地から工場まで直送していましたがこれもトラック輸送に変えられてしまいました。劇薬輸送も多かったのですがこれもトラック輸送に変えられてしまい、時折事故で流出して大問題を起こしています。
一般の荷物はどうだったかというと、駅に持ってこい、駅に取りに来いの態度で、荷扱いも極めて乱暴、梱包が壊れるのはざらでした。到着時間も分かりません。こういうお役所体質に鉄槌を加えたのが例の宅配便だと言うことはご存じのことと思います。国鉄の失敗の原因は他にも沢山あるのですが、本題から外れるので止めます。
ここでも最大の問題は集荷した荷物を駅に持っていき、貨車に積み替えるところに最大の弱点があったと思います。また逆に到着した荷物を貨車から降ろし、顧客が取りに行くところにも問題がありました。まとまった荷ならどうせクルマで駅まで持っていくならそのまま目的地まで運んでしまおう、と考えるのは普通だと思います。
それでも、ブログ子の子供の頃のように国道が穴だらけだったときは、鉄道は圧倒的に輸送が速かったので競争力がありました。それが税金を投じて道路が舗装拡幅整備されてしまう。さらには高速道路網を張り巡らされてしまうとなると、積み替えのデメリットはもろに響いてきました。
それに対して鉄道はコンテナを使うように勧めていますが、コンテナに詰め込み、あの大きなコンテナを大きなトラックでターミナルまで運んで積み替えることを好む顧客は少なく、衰退の一途をたどっています。
アメリカは横断鉄道で何日か掛かる距離を運ぶので、毎日トンボ帰りできる距離が殆どの我が国と違ってトラック輸送業者の回転効率がちがい競争力があるようです。
この稿続きます。

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2014年10月13日

クルマ社会の功罪その13

昨日は疎から密へのクルマの進入に根本的な問題があると提起しました。この問題の解決策の一つとして移動の連続性を分断するパーク・アンド・ライドのような考え方が生まれてきます。また、自転車とかオートバイのように面積を取らない乗物ならまだ密の風土に親和性がありますが、とにかく現在のクルマ社会の大きな問題は極論すればたった一人のために過剰な面積をクルマが専有するというわがままから生まれています。それならそれだけの対価を払うべきです。例えば都心にパークすれば、1時間1000円ぐらい取られます。そのレートを使って試算すれば、都内23区内の道路を通勤に往復2時間使うなら、月20日通勤として4万円の対価を払ってもらうべきです。そうすれば年間48万円の負担増となります。そのぐらいの費用負担が出来なければ自家用車で都心へ通勤すべきではありません。これをゲートで課金するのがロードプライシングですが、ブログ子は23区内にクルマを所有している人には税として48万円/年賦課するのが良いと思います。こうすれば23区内のクルマ所有は激減するはずです。さらに23区外から進入してくるクルマにはロードプライシングで課金すると良いと思います。前に書きましたが元来クルマはお金持ち特権階級の物だったはずです。その時代には疎密の問題は余り起きなかった。それを大衆化したからおかしくなったのです。そのおかしくなったことに対する解決策を社会的な費用に押しつけたのです。道路を拡幅する、舗装する、新しい道路を作る、橋を架ける、地下トンネルを掘るすべてクルマ利用者のための便宜です。とにかく今の行政はクルマ寄りです。その費用をクルマのない人にも負担させているのです。
次は貨物について考えたいと思います。


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2014年10月12日

クルマ社会の功罪その12

クルマ社会は基本的に疎の風土に合うものです。例えば疎の風土では隣近所が離れています。面会してコミュニケーションを取るためには時間が掛かります。そうなれば何らかの便利な交通手段が欲しくなるのは当然でしょう。それがクルマなのです。疎の風土では公共交通機関が発達しません。ここが鉄道などの本質的な弱点です。公共交通機関は人の集まり、物の集積が必要なのです。輸送効率、経営効率を重視すればある程度の輸送量が必要です。疎の風土では鉄道は成り立ちません。さらに重要なことがあります。疎の風土では駅まで行くことすらが大変なのです。駅は輸送速度を上げるために、どこでもやたらに作れる物ではありません。昔は社会のスピードがゆったりしていましたから、1時間もかけて駅に行き、30分、1時間も列車を待つことは苦ではありませんでした。職住接近でしたから、その時代には汽車で出かけること自体が珍しかったのです。例外は学生達だったと思います。近くの大きな街の学校に通うために汽車を利用していました。そういえば学校も人の集まりがなければ成り立ちません。こういう風土であれば便利な交通手段としてクルマが紹介されれば飛びつきます。でも普及するにはハードルがありました。まずそれが誰でも購入できる価格であること。そして燃料が安くて家計を圧迫しないことです。このハードルはクルマメーカーと行政が協力して乗り越えました。次がクルマが走るための道路です。これはかの有名な宰相が猛烈に税金で作ることを推進しました。駐車は疎の風土なら空き地がありどこでも停められます。ここまでの話で疎の風土にはクルマが便利だと言うことがお分かりになったと思います。疎の風土にクルマは救世主でした。
ところが昔からある市街、これを密の風土と勝手に呼びたいと思います。そこは人の歩行を前提に土地が利用されていました。歴史的な宿場町だけでなく、そもそも駅を中心として発達している街は、歩いて駅に行けることが前提の筈です。またそれが街の大きさだったと思います。今でも都会の私鉄は歩行の範囲で駅を設置しています。歩行者にとって便利だったからです。そこへ疎の風土からクルマが入ってくるから大変なことになります。我が国はクルマの利用に向いた市街構造ではなかったのです。街は密であることが生命線です。家屋も隣り合わせに建っています。商店も人が密であることが前提で成り立っています。そこへ、疎の国からクルマが集まってくるのだから無理があります。クルマを停める場所がありません。道路もクルマサイズに見合う幅がありませんでした。だから道路は大渋滞。駐車違反だらけでそれが渋滞に拍車を掛けます。つまりクルマ社会は市街地に親和性がないのです。ところが何をとち狂ったか市街地に住む人までがクルマを買うようになってしまいました。交通機関に恵まれているはずの都市生活者がクルマを使うようになったら社会的な無駄だし、都市が爆発してしまいます。まして我が国は土地がお金という国です。クルマ社会に合わせて都市を改造するためにどれほどの税金を使ったことか。今でも粛々と途方も無い税金を使って都市を改造しています。こんな無駄が許されてきたのです。
この疎と密の問題を解決できなければクルマ社会を進展させてはいけなかったのです。ブログ子が最初からクルマ社会を疑問に感じていることの原点はここにあります。



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